中村玉緒の家系図で分かる成駒屋|父・兄・甥まで歌舞伎の一族

中村玉緒の家系図で分かる成駒屋|父・兄・甥まで歌舞伎の一族

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中村玉緒さんの家系図が気になって検索された方は、歌舞伎の名門としてのつながりを整理したいのではないでしょうか。

父も兄も上方歌舞伎の大看板で、嫁いだ先も映画界を代表する一家でした。実家と婚家、その両方に名前の知られた人が並びます。

この記事では、中村玉緒さんを中心に「誰がどんな続柄でつながっているのか」を、世代ごとに整理します。

それぞれがどんな道を歩んだのか、相関図とあわせて見ていきましょう。

中村玉緒の家系図【相関図でわかる成駒屋と勝家】

中村玉緒さんの家系図は、本人を中心に、両親・兄・夫・2人の子、そして祖父へと広がります。

まずは全体像を、相関図とサマリー表で確認していきましょう。

中村玉緒の家系図相関図(本人を中心とした成駒屋と勝家の続柄)

続柄 名前 本人から見た親等
本人 中村玉緒
二代目中村鴈治郎 1親等
一般の方 1親等
勝新太郎 ―(配偶者)
長男 鴈龍 1親等
長女 奥村真粧美 1親等
四代目坂田藤十郎 2親等
祖父 初代中村鴈治郎 2親等
義姉 扇千景 2親等(姻族)
四代目中村鴈治郎 3親等
三代目中村扇雀 3親等
姪孫 中村壱太郎 4親等
姪孫 中村虎之介 4親等
義兄 若山富三郎 2親等(姻族)

ここで出てくる「親等(しんとう)」とは、本人から見た親族の世代の近さを表す数で、数が小さいほど血縁が近いことを意味します。

中村玉緒さんは上方歌舞伎の名門・成駒屋に生まれ、映画スターの勝新太郎さんへ嫁いだ人です。

この相関図を頭に入れたうえで、ここからは一人ひとりの続柄と人物像を見ていきます。

中村玉緒の家族構成について

ここでは、中村玉緒さんを中心とした家族を、本人にもっとも近い続柄から順に紹介します。

本人(中村玉緒)

中村玉緒(なかむら たまお)さんは、1939年7月12日生まれ、京都府京都市左京区の出身です。

歌舞伎の家に育ちながら、進んだのは映画の世界でした。1953年に松竹映画『景子と雪江』で初出演を果たし、翌1954年には大映へ入社しています。

女優としての評価が固まったのは1960年です。『ぼんち』と『大菩薩峠』での演技によりブルーリボン賞の助演女優賞を受け、実力派として認められました。

1962年には勝新太郎さんと結婚します。夫が『座頭市』で頂点に立っていく時期を、家庭の側から支えることになりました。

再び広く顔が知られるようになったのは1990年代です。バラエティ番組でのおっとりした受け答えが人気を呼び、「マロニーちゃん♪」のフレーズは世代を超えて知られました。

2023年2月に転倒して背骨を圧迫骨折し、その後は施設で療養していました。

2026年6月9日、肺炎のため86歳で亡くなっています。通夜には明石家さんまさんや和田アキ子さんらが参列し、喪主は長女の奥村真粧美さんが務めました。

父(二代目中村鴈治郎)(1親等)

父の二代目中村鴈治郎(なかむら がんじろう)さんは、1902年2月17日生まれ。本名は林好雄さんで、屋号は成駒屋です。

上方歌舞伎の役者として舞台に立つ一方、大映の映画にも数多く出演しました。娘の玉緒さんが映画の世界に入る素地は、この父の活動範囲の広さにもあったといえます。

歌舞伎の家に生まれた娘が女優になることを、当時の梨園がどう見ていたかは想像がつきます。それでも道が開けたのは、父が舞台と映画の両方に足場を持っていたからでしょう。

名跡としての「中村鴈治郎」は、父の代で二代目でした。初代である自身の父から受け継ぎ、のちに孫の代へと渡っていくことになります。

家を継ぐ役割は長男に、映画の世界へ出る役割は娘に。この分かれ方が、そのまま中村玉緒さんの人生を決めたともいえますね。

二代目中村鴈治郎さんは1983年4月13日に亡くなりました。

母(一般の方)(1親等)

母は一般の方で、氏名は公表されていません。

伝えられているのは、落語家・笑福亭圓歌の娘であるということです。歌舞伎の名門に落語の家から嫁いだ形になります。

父方が舞台、母方が寄席。芸の世界という点では地続きですが、まったく同じではない二つの家が結ばれたことになりますね。

中村玉緒さんが持っていた、格式ばらない話し方や場をなごませる間合い。梨園のお嬢さんという肩書きからは少し離れたあの空気は、母方から受け継いだものかもしれません。

夫(勝新太郎)

夫の勝新太郎(かつ しんたろう)さんは、1931年11月29日生まれ。本名は奥村利夫さんです。

父は長唄三味線方の杵屋勝東治さんで、芸能の家に育った点は玉緒さんと共通しています。俳優としては『座頭市』シリーズで不動の地位を築きました。

二人が結婚したのは1962年です。豪放な人柄で知られた夫を、玉緒さんは長く支え続けました。

夫婦としての歩みは平坦ではありませんでした。夫は破天荒な逸話に事欠かない人で、そのたびに玉緒さんが矢面に立つ場面もありました。それでも別れることはなく、最後まで連れ添っています。

勝新太郎さんは1997年6月21日に亡くなっています。玉緒さんはその後も再婚せず、亡くなる直前まで夫への思いを語っていました。

長男(鴈龍)(1親等)

長男は俳優の鴈龍(がんりゅう)さんです。本名は奥村雄大さんで、両親の名前を背負う形で芸能の道に進みました。

芸名の「鴈」は、母方の祖父にあたる二代目中村鴈治郎さんから受け継いだ一字です。歌舞伎の家の血筋を、名前のうえで引き継いだことになります。

俳優として活動する一方、両親の名前が大きすぎることの難しさもあったはずです。二世として比べられ続ける立場を、長く引き受けてきたことになります。

鴈龍さんは2019年に亡くなりました。55歳でした。

長女(奥村真粧美)(1親等)

長女の奥村真粧美(おくむら まさみ)さんは、元女優です。

若いころは芸能活動をしていましたが、その後は表に出る機会が減りました。近年は車椅子で生活していることが報じられています。

中村玉緒さんの通夜では、喪主を務めました。父を1997年に、兄を2019年に、そして母を見送る立場になったことになります。

兄弟のうち残されたのは長女だけです。名門の家に生まれるということの重さが、いちばん表れている立場かもしれません。

兄(四代目坂田藤十郎)(2親等)

兄は四代目坂田藤十郎(さかた とうじゅうろう)さんです。1931年12月31日生まれ、本名は林宏太郎さん。玉緒さんより8年ほど早く生まれた長男にあたります。

三代目中村扇雀として長く活躍し、2005年に途絶えていた大名跡「坂田藤十郎」を231年ぶりに復活させました。上方歌舞伎の再興を背負った人物です。

歌舞伎界での評価も別格でした。人間国宝に認定され、文化勲章も受章しています。上方歌舞伎という枠を超えて、日本の演劇史に名前が残る役者になりました。

家を継いだのが兄、外へ出たのが妹。同じ家に生まれながら進んだ方向は分かれましたが、二人とも上方の芸を代表する存在になりました。

四代目坂田藤十郎さんは2020年11月12日に亡くなっています。中村玉緒さんにとっては、兄を見送ってから6年後の旅立ちでした。

祖父(初代中村鴈治郎)(2親等)

父方の祖父にあたるのが、初代中村鴈治郎さんです。1860年3月27日生まれ、本名は林玉太郎さん。

明治から昭和初期にかけて上方歌舞伎の頂点に立った役者で、大阪での人気は絶大でした。「城と御興とガンジロはん」が大阪の三大名物と言われたほどです。

演劇改良運動にも熱心で、松竹の大阪進出と東京進出を支えました。この祖父がいたからこそ、成駒屋は上方を代表する家になったといえます。

初代中村鴈治郎さんは1935年2月1日に亡くなりました。

中村玉緒と親族関係の人物について

ここからは、直系から少し離れた親族を見ていきます。歌舞伎と映画の両方に名前が並びます。

義姉(扇千景)(2親等・姻族)

義姉にあたるのが、兄・四代目坂田藤十郎さんの妻である扇千景(おうぎ ちかげ)さんです。本名は林寛子さん。

宝塚歌劇団の娘役から女優となり、その後は政界へ進みました。参議院議員として国土交通大臣などを歴任し、第26代の参議院議長も務めています。

歌舞伎の家に、宝塚出身の政治家が入った形です。中村玉緒さんから見れば、義理の姉が国会の議長席に座っていたことになります。

甥(四代目中村鴈治郎)(3親等)

兄の長男が、四代目中村鴈治郎さんです。中村玉緒さんから見て3親等の甥にあたります。

祖父・父と受け継がれてきた「中村鴈治郎」の名跡を四代目として継ぎました。玉緒さんの父が名乗っていた名前を、甥が引き継いだことになります。

歌舞伎だけでなく、テレビドラマや映画にも出演しています。舞台の外にも活動を広げるところは、映画に出続けた玉緒さんの父と重なります。

甥(三代目中村扇雀)(3親等)

兄の次男が、三代目中村扇雀さんです。こちらも3親等の甥にあたります。

「中村扇雀」は父・四代目坂田藤十郎さんが長く名乗った名跡で、それを次男が受け継ぎました。兄弟で成駒屋の二つの名前を分け持っている形です。

つまり、玉緒さんの父の名前を長男が、兄の名前を次男が継いだことになります。名跡が世代をまたいで動く歌舞伎ならではの継承です。

姪孫(中村壱太郎・中村虎之介)(4親等)

さらに下の世代には、中村壱太郎さんと中村虎之介さんがいます。それぞれ四代目中村鴈治郎さんと三代目中村扇雀さんの息子で、中村玉緒さんから見て4親等の姪孫にあたります。

二人とも若手の中心として舞台に立ち、テレビや映画でも顔が知られるようになりました。祖父・曾祖父から続く成駒屋の流れが、現役世代まで途切れていないことになります。

義兄(若山富三郎)(2親等・姻族)

夫・勝新太郎さんの兄が、俳優の若山富三郎さんです。姻族の2親等にあたります。

弟が『座頭市』なら、兄は『子連れ狼』。兄弟そろって時代劇で名前を残しました。中村玉緒さんは、実家でも婚家でも大看板に囲まれていたことになります。

もともと二人は長唄三味線方の家に生まれた兄弟で、そろって俳優へ転じました。芸の家から役者が出るという流れは、成駒屋とよく似ています。

伯母の夫(長谷川一夫)(3親等・姻族)

もう一人、意外なつながりがあります。祖父・初代中村鴈治郎さんの六女であるたみさんは、俳優の長谷川一夫さんに嫁ぎました。

たみさんは中村玉緒さんの伯母にあたるため、長谷川一夫さんは伯母の夫という関係になります。日本映画の黄金期を代表する二枚目が、親族の輪の中にいたわけですね。

また、初代中村鴈治郎さんの七女・芳子さんは四代目中村富十郎さんに嫁いでいます。祖父の娘たちが歌舞伎と映画の両方へ嫁いだことで、成駒屋の縁はさらに広がりました。

中村玉緒さんが映画の世界へ入っていったのも、こうした親族の広がりを考えれば自然な流れだったのかもしれません。

中村玉緒の家系図まとめ

ここまでに登場した人物を、掲載順に並べておきます。

  • 中村玉緒(本人)- 1939年生まれの女優。2026年6月9日に86歳で逝去
  • 二代目中村鴈治郎(父)(1親等)- 成駒屋の歌舞伎俳優。大映映画にも多数出演
  • 一般の方(母)(1親等)- 落語家・笑福亭圓歌の娘。氏名は非公表
  • 勝新太郎(夫)- 『座頭市』の映画スター。1962年に結婚し1997年に死別
  • 鴈龍(長男)(1親等)- 俳優。本名は奥村雄大。2019年に死去
  • 奥村真粧美(長女)(1親等)- 元女優。通夜では喪主を務めた
  • 四代目坂田藤十郎(兄)(2親等)- 231年ぶりに大名跡を復活させた歌舞伎俳優
  • 初代中村鴈治郎(祖父)(2親等)- 上方歌舞伎の最高峰と称された名優
  • 扇千景(義姉)(2親等・姻族)- 兄の妻。参議院議長を務めた
  • 四代目中村鴈治郎(甥)(3親等)- 兄の長男。祖父と同じ名跡を継いだ
  • 三代目中村扇雀(甥)(3親等)- 兄の次男
  • 中村壱太郎・中村虎之介(姪孫)(4親等)- 成駒屋の現役世代
  • 若山富三郎(義兄)(2親等・姻族)- 夫の兄。『子連れ狼』の俳優
  • 長谷川一夫(伯母の夫)(3親等・姻族)- 祖父の六女の夫

こうして並べると、中村玉緒さんは実家の成駒屋と婚家の勝家、その両方の中心にいた人だとわかります。

歌舞伎と映画という別々の世界が、一人の女優を介してつながっていたことになりますね。

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