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海老名香葉子さんの家系図が気になって検索された方は、落語界の名門としてのつながりを整理したいのではないでしょうか。
夫は初代林家三平さん、子どもは4人。そのうち2人が落語家で、娘婿にはテレビでおなじみの顔もいます。
この記事では、海老名香葉子さんを中心に「誰がどんな続柄でつながっているのか」を、世代ごとに整理します。
生家の話まで含めて、相関図とあわせて見ていきましょう。
海老名香葉子の家系図【相関図でわかる海老名家】
海老名香葉子さんの家系図は、本人を中心に、両親・兄・夫・4人の子、そして孫たちへと広がります。
まずは全体像を、相関図とサマリー表で確認していきましょう。

| 続柄 | 名前 | 本人から見た親等 |
|---|---|---|
| 本人 | 海老名香葉子 | ― |
| 父 | 音吉 | 1親等 |
| 母 | 一般の方 | 1親等 |
| 夫 | 初代林家三平 | ―(配偶者) |
| 長女 | 海老名美どり | 1親等 |
| 次女 | 泰葉 | 1親等 |
| 長男 | 九代目林家正蔵 | 1親等 |
| 次男 | 二代目林家三平 | 1親等 |
| 兄 | 喜三郎 | 2親等 |
| 娘の夫 | 峰竜太 | 1親等(姻族) |
| 義父 | 七代目林家正蔵 | 1親等(姻族) |
| 孫 | 海老名あづき | 2親等 |
| 孫 | 林家たま平 | 2親等 |
| 孫 | 林家ぽん平 | 2親等 |
| 孫 | 下嶋兄 | 2親等 |
ここで出てくる「親等(しんとう)」とは、本人から見た親族の世代の近さを表す数で、数が小さいほど血縁が近いことを意味します。
海老名香葉子さんは釣り竿職人の家に生まれ、落語界の大看板に嫁いで4人の子を育てた人です。
なお相関図には、東京大空襲で亡くなった兄弟は載せていません。人数が多く図が読みにくくなるためで、本文のほうで触れていきます。
海老名香葉子の家族構成について
ここでは、海老名香葉子さんを中心とした家族を、本人にもっとも近い続柄から順に紹介します。
本人(海老名香葉子)
海老名香葉子(えびな かよこ)さんは、1933年10月6日生まれ。東京府東京市本所区、いまの東京都墨田区にあたる場所で生まれ育ちました。
生家は「竿忠」という釣り竿の名店です。江戸から続く職人の家で、父はその三代目にあたります。
人生を決定的に変えたのが、1945年3月10日の東京大空襲でした。疎開先の静岡県沼津市にいた香葉子さんは無事でしたが、東京に残った家族の多くが亡くなっています。
戦後は苦労を重ね、1952年に落語家の初代林家三平さんと結婚しました。夫を支えながら4人の子を育て、夫の死後は一家を束ねる立場になります。
エッセイストとしても活動し、戦争体験を語り継ぐことに力を注いできました。上野公園に建てた慰霊の塔もその活動の一つです。
海老名香葉子さんは2025年12月24日、老衰のため92歳で亡くなりました。翌2026年1月9日のお別れの式には、高木ブーさんをはじめ約1000人が参列しています。
父(音吉)(1親等)
父は音吉さん。釣り竿の名匠「竿忠」の三代目として腕をふるった職人です。
竿忠は江戸和竿の世界で知られた店で、腕一本で客をつかんできた家でした。芸の世界ではありませんが、身につけた技で身を立てるという点では通じるものがあります。
その父を、香葉子さんは東京大空襲で失いました。
竿忠は代々受け継がれてきた屋号で、音吉さんもその名を背負って仕事をしていました。名前を継いで生きるという点では、のちに嫁ぐことになる落語の家とも重なります。
娘が後に語り継ぐことになる戦争の記憶は、この父の死から始まっています。
母(一般の方)(1親等)
母についても、公表されている情報はほとんどありません。氏名も明かされていない一般の方です。
分かっているのは、父と同じく1945年3月10日の東京大空襲で亡くなったということです。
このとき香葉子さんが失ったのは、父と母だけではありませんでした。祖母、長兄、次兄、そして弟。
あわせて6人の家族が、一夜のうちに亡くなっています。
疎開先から戻れないまま家族を失うという体験を、香葉子さんは後年まで繰り返し語ってきました。
夫(初代林家三平)
夫は落語家の初代林家三平さんです。1925年生まれで、戦後の演芸界を代表する存在になりました。
「どうもすいません」の一言で知られ、テレビの草創期から寄席の外へ落語を広げた人物です。爆笑落語という言葉が定着したのも、この人の高座があってのことでした。
二人が結婚したのは1952年です。落語家としての知名度が上がっていく時期を、香葉子さんは家庭の側から支えました。
初代林家三平さんは1980年、肝臓がんのため亡くなっています。まだ50代半ばという若さでした。
夫を早くに亡くしたあと、香葉子さんは4人の子を抱えて一家をまとめる役目を負います。海老名家がその後も落語界の中心に残り続けたのは、この時期の踏ん張りがあったからでしょう。
長女(海老名美どり)(1親等)
長女は女優の海老名美どりさんです。
芸能の道に進み、1975年に俳優の峰竜太さんと結婚しました。夫婦そろってテレビに出る機会も多く、海老名家の名前が茶の間に広がるきっかけの一つになっています。
母が守ってきた家と、芸能界という外の世界をつなぐ位置にいた人といえます。
4人の子のうち、いちばん上として弟妹を見てきた立場でもあります。父を早くに亡くした家庭では、長女の役割は自然と重くなるものです。
夫の峰竜太さんとともに家族の話題を語る場面も多く、海老名家の様子が世に伝わる窓口の一つになってきました。
次女(泰葉)(1親等)
次女は歌手・ピアニストの泰葉さんです。
シンガーソングライターとして活動し、テレビでも顔を知られてきました。落語家の家に生まれながら音楽の道を選んだことになります。
4人兄弟のうち、音楽の世界へ進んだのは泰葉さんだけです。兄弟が落語と芸能に分かれるなかで、また別の道を選んだことになります。
家族をめぐってはさまざまな報道が出てきましたが、確認できない話に踏み込むことはここではしません。海老名香葉子さんの次女であるという事実だけを記しておきます。
長男(九代目林家正蔵)(1親等)
長男は落語家の九代目林家正蔵さんです。1962年12月1日生まれで、本名は海老名泰孝さん。
かつては「こぶ平」の名で親しまれ、テレビタレントとしての活動も長く続けてきました。2005年に大名跡である「林家正蔵」を襲名しています。
この名跡は、祖父にあたる七代目林家正蔵から数えて二代あとにあたるもので、海老名家にとって特別な意味を持つ名前です。
1984年6月に有希子さんと結婚し、3人の子をもうけました。父から受け継いだ落語の家を、次の世代へつなぐ立場になっています。
次男(二代目林家三平)(1親等)
次男は落語家の二代目林家三平さんです。本名は海老名泰助さん。
父の名跡である「林家三平」を二代目として継ぎました。兄が正蔵を、弟が三平を名乗る形で、海老名家の二つの大きな名前が兄弟に分かれたことになります。
テレビのバラエティ番組にも出演し、落語以外の場でも顔が知られています。
父を早くに亡くしているため、直接教わる時間は長くありませんでした。それでも名前を継いだところに、この一家の結びつきの強さが表れています。
兄(喜三郎)(2親等)
兄弟のなかで、香葉子さんとともに東京大空襲を生き延びたのが三兄の喜三郎さんです。
長兄と次兄、そして弟は空襲で亡くなりました。疎開先にいた香葉子さんに家族の死を伝えたのが、この喜三郎さんだったと語られています。
「みんな死んじゃった」という言葉を聞いた瞬間のことを、香葉子さんは生涯忘れなかったといいます。
戦後の海老名香葉子さんを語るとき、この兄の存在は外せません。血のつながる家族がほとんどいなくなったなかで、残された数少ない相手だったからです。
海老名香葉子と親族関係の人物について
ここからは、姻族や孫の世代を見ていきます。落語と芸能の両方に名前が並びます。
娘の夫(峰竜太)(1親等・姻族)
長女・美どりさんの夫が、俳優の峰竜太さんです。本名は下嶋清志さんで、1952年3月1日生まれとされています。
二人は共演をきっかけに知り合い、1975年に結婚しました。
峰竜太さんはワイドショーの司会などで長く茶の間に出続けており、海老名家の話題が語られる場面も多くありました。義理の息子でありながら、一家を外から支える役回りだったといえます。
義父(七代目林家正蔵)(1親等・姻族)
夫・初代林家三平さんの父にあたるのが、七代目林家正蔵さんです。香葉子さんから見れば義理の父になります。
つまり海老名家は、香葉子さんが嫁ぐ前から落語の家でした。夫が一代で築いた家ではなく、その前の世代から続いていたことになります。
長男が「林家正蔵」を襲名したのも、この祖父の名前があってこそです。名跡が世代を越えて戻ってきた形といえます。
孫(林家たま平・林家ぽん平)(2親等)
九代目林家正蔵さんの息子2人は、そろって落語家になりました。
長男の林家たま平さんは1994年5月29日生まれで、本名は海老名泰良さん。次男の林家ぽん平さんは1996年7月31日生まれで、本名は海老名泰宏さんです。
香葉子さんから見れば、初代林家三平さんから数えて三代目にあたる孫たちです。海老名家の落語が現役世代まで途切れていないことを示す2人といえます。
義父の七代目林家正蔵さんから数えるなら、四代にわたって高座に上がってきた家ということになります。
孫(海老名あづき・下嶋兄)(2親等)
孫はほかにもいます。九代目林家正蔵さんの長女が海老名あづきさんで、たま平さん・ぽん平さんの姉にあたります。
もう一人、長女・美どりさんと峰竜太さんの間に生まれた長男が下嶋兄さんです。タレントとして活動しており、母方の海老名家と父方の下嶋家、両方の血を引いています。
峰竜太さん夫妻には長女もいますが、芸能活動はしていない一般の方です。
このように孫の世代は、落語の側と芸能の側に分かれて広がっています。
海老名香葉子の家系図まとめ
ここまでに登場した人物を、掲載順に並べておきます。
- 海老名香葉子(本人)- 1933年生まれのエッセイスト。2025年12月24日に92歳で逝去
- 音吉(父)(1親等)- 釣竿師「竿忠」の三代目。東京大空襲で亡くなった
- 一般の方(母)(1親等)- 氏名は非公表。同じく東京大空襲で亡くなった
- 初代林家三平(夫)- 「どうもすいません」で知られた落語家。1980年に死去
- 海老名美どり(長女)(1親等)- 女優。1975年に峰竜太さんと結婚
- 泰葉(次女)(1親等)- 歌手・ピアニスト
- 九代目林家正蔵(長男)(1親等)- 元こぶ平。2005年に大名跡を襲名した
- 二代目林家三平(次男)(1親等)- 父の名跡を継いだ落語家
- 喜三郎(兄)(2親等)- 三兄。東京大空襲を生き延びた
- 峰竜太(娘の夫)(1親等・姻族)- 俳優。長女・美どりさんの夫
- 七代目林家正蔵(義父)(1親等・姻族)- 夫の父。海老名家の落語の源流
- 海老名あづき(孫)(2親等)- 九代目林家正蔵さんの長女
- 林家たま平(孫)(2親等)- 1994年生まれの落語家
- 林家ぽん平(孫)(2親等)- 1996年生まれの落語家
- 下嶋兄(孫)(2親等)- 峰竜太さん・美どりさんの長男
こうして並べると、海老名家が二つの流れでできていることが分かります。夫の側から受け継いだ落語と、香葉子さん自身が持ち込んだ職人の家の記憶です。
戦争で生家を失った人が、嫁ぎ先で大きな家族をつくり直した。この家系図は、その道のりそのものだといえます。
