記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。
ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんの家系図の中に文学の天才たちが勢ぞろいしていることをご存知でしょうか?
個性派俳優として活躍中の池内万作さんも大江健三郎さんの甥っ子だったことが判明!
大物と親戚関係だったことが分かった大江健三郎さんの家系図をチェックしていきましょう!
目次
大江健三郎の家系図!
こちらが大江健三郎さんの家系図になります。
実家は7人兄弟の9人家族という大所帯ですが、大江健三郎さんが9歳の時に父と死別していたことが分かりました。
さらに、大江健三郎さんの妻が伊丹十三監督の妹という意外な事実も判明したので、続いては家族構成を詳しく掘り下げていきましょう!
大江健三郎の家族構成について
- 父 :大江好太郎
- 母 :大江小石
- 兄弟:6人
- 本人:大江健三郎
- 妻 :大江ゆかり
- 長男:大江光
- 長女:大江菜摘子
- 次男:大江桜麻
こちらが大江健三郎さんの家族構成です。
3人の子供に恵まれた大江健三郎さんの長男・大江光さんは現在も作曲家として活動中ですよね。
長男以外の家族構成が深掘りされたことはほとんどないので、この機会にしっかりとチェックしていきましょう!
父:大江好太郎
父・大江好太郎(おおえ・よしたろう)さんは大江健三郎さんが9歳(1944年)の時に病気で他界しています。
親子の思い出がほとんどない状況ではありますが、大江健三郎さんは父・大江好太郎さんの足跡を辿る小説「水死」を発表し、話題を集めましたよね。
小説「水死」では、父・大江好太郎さんが紙幣の原料を農家から買い取る仕事をしていたことが明かされています。
母:大江小石
第二次世界大戦以前から中国語の読み書きができていたという母・大江小石さん。
中国文学のことが詳しかっただけでなく、誰よりも厳しく息子・大江健三郎さんと接していたことが分かっています。
母・大江小石さんは大江健三郎さんのノーベル文学賞受賞を喜ぶどころか、他の作家より劣る!と手厳しい指摘をしていたのです。
嬉しい気持ちがあったのは間違いないのでしょうが、息子・大江健三郎さんだったらもっと良い作品が作れるはず!と母・大江小石さんは考えていたのかもしれませんね。
兄弟たちについて
大江健三郎さんは7人兄弟で5番目に産まれたことが分かっています。
兄が2人、姉が2人、弟と妹が1人ずつ、という家族構成ですので、大江健三郎さんは7人兄弟の三男ということになりますね。
兄・昭太郎さんは歌人として活躍していたそうで、大江健三郎さんの人生観にも強い影響を与えた人物でした。
母・大江小石さんも印象的な言葉をたくさん残していますし、大江健三郎さんの家族は生粋の文学一家だったのでしょうね。
本人:大江健三郎のプロフィール
- 1935年1月31日生まれの愛媛県内子町出身
- 東京大学文学部卒業後に作家デビュー
- 大学生の時に発表した「飼育」で史上最年少の芥川賞作家に
- 谷崎潤一郎賞も史上最年少で受賞(「万延元年のフットボール」)
- 1994年にノーベル文学賞を受賞(川端康成以来、日本人で2人目)
- 2023年3月3日に老衰で他界、享年88
幼少期に体験した戦争を繰り返すまいと、生涯をかけて反戦を訴え続けたノーベル文学賞作家の大江健三郎さん。
日本国憲法9条の堅持や反原発など、政治的な発言をする機会が多かった大江健三郎さんですが、現実と幻想の世界を上手く融合させる小説を作り上げることに長けていて、世界の文学界隈に大きな衝撃を与えました。
妻:大江ゆかり
大江健三郎さんのノーベル文学賞授賞式当日、着慣れない燕尾服の手直しをしていた女性こそが妻・大江ゆかりさんです。
生年月日は1935年2月18日で、大江健三郎さんと同学年だった妻・大江ゆかりさん。
高校生の頃から親交があったそうで、お互いが25歳の年齢を迎えた1960年に結婚しています。
長男:大江光
大江健三郎さん、妻・大江ゆかりさんの間に挟まれている眼鏡姿の男性が長男・大江光さんです。
1963年6月13日生まれで職業は作曲家なのですが、長男・大江光さんは生誕直後から知的障がいを患っていることが判明。
でも、野鳥の鳴き声の聞き分けができたり、ピアノで類まれな才能を発揮するなど、音楽センスが抜群に高く、唯一無二の作品を次々と生み出しています。
長女:大江菜摘子
桐朋女子高校から上智大学へ、という華麗な学歴を持つ長女・大江菜摘子さん。
ただ、上智大学卒業以降の動きは特定されておらず、どんな仕事をしていて、誰と結婚したのかも分かっていません。
大江健三郎さんや長男・大江光さんのように表舞台で活躍する人物ではないようですよね。
次男:大江桜麻
次男・大江桜麻(おおえ・さくらお)さんは桐朋高校卒業後、父・大江健三郎さんの母校だった東京大学へと進学。
東京大学農学部から大学院で応用昆虫学を専攻していて、農学修士号を取得した後、三井化学アクロに就職しました。
既に結婚しているようで、子供も2人いることが分かっていますから、大江健三郎さんも孫たちをとても可愛がっていたのでしょうね。
大江健三郎と親戚関係の人物について!
- 義父:伊丹万作
- 義兄:伊丹十三
- 甥 :池内万作
- 甥 :池内万平
大江健三郎さんの妻・大江ゆかりさんが伊丹十三監督の妹だったこともあり、親戚関係がかなり豪華になっています。
甥・池内万作さんは現在も俳優として活躍していますし、演劇一家の親戚たちを1人ずつ掘り下げていきましょう!
義父:伊丹万作
- 挿絵画家出身の映画監督
- キャラの人間性を深掘りする新感覚の時代劇作品を作り出した
- 代表作は「國士無双」「赤西蠣太」
- 1946年9月21日に他界、享年46
大江健三郎さんの義父にあたる伊丹万作さんは昭和前期に活躍した映画監督です。
アクション主体だった時代劇作品のモデルチェンジを図り、登場人物の人間性を掘り下げていくなど、当時の演劇界で斬新なアイデアを生み出す改革者でもありました。
義兄:伊丹十三
- デザイナーやタレント業を経て、51歳で映画監督デビュー
- 「マルサの女」や「お葬式」など代表作多数
- 離婚歴があり、2人目の妻が女優の宮本信子
- 宮本信子との間に2人の子供(池内万作、池内万平)を授かる
- 1997年12月20日に他界、享年64
妻・宮本信子さんを主演に迎えた「マルサの女」シリーズが大ヒットを記録した伊丹十三監督。
他界してから3年後の2000年、義理の兄弟の間柄だった大江健三郎さんが伊丹十三監督をモデルにした小説「取り替え子」を発表し、話題を集めました。
大江健三郎さんにとって伊丹十三監督は文学の師匠のような存在で、学生時代に詩集のノウハウを教わったことがきっかけとなり、作家デビューを果たすことになったのです。
甥:池内万作
- 1972年3月27日生まれの東京都出身
- 学生時代にアメリカやイギリスで留学を経験
- 23歳で出演した「君を忘れない」にて俳優デビュー
- 朝ドラ「らんまん」やNHK大河ドラマ「どうする家康」など人気作に出演
つかみどころのないキャラクターがピッタリな個性派俳優・池内万作さんも大江健三郎さんの親戚にあたります。
続柄は甥になります。甥は兄弟の子供になり3親等となります。
唐沢寿明さんや反町隆史さん、木村拓哉さんといった豪華出演者がそろった映画「君を忘れない」で俳優デビューを果たしていて、現在も数多くの作品に出演していますよね。
妻は音楽プロデューサーの本田みちよさんですが、夫婦の間に子供はいないことが確認されています。
甥:池内万平(池内万作の弟)
大江健三郎さんの甥・池内万平さんは、伊丹十三監督が残した作品を管理する「伊丹プロダクション」の代表取締役社長を務めています。
続柄は甥になります。甥は兄弟の子供になり3親等となります。
「伊丹プロダクション」は宮本信子さんが会長を務めているので、伊丹十三監督の家族が過去作品の普及活動を続けていることになります。
現在は裏方に徹している池内万平さんですが、子供の頃は俳優業をしていて、伊丹十三監督作品の「お葬式」や「タンポポ」に出演していました。