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2025年前期のNHK朝ドラ「あんぱん」への出演が決定したイケメン俳優の北村匠海さん。
抜群のルックスを誇っているのはもちろん、演技力への評価も高い北村匠海さんですが、家系図の親族がヤバい人ばかり!?と噂されているようですね。
実際に家系図を確かめていくと、誰もが知ってる大企業の関係者がズラリと名を連ねていたので、今回は北村匠海さんの家系図や親族の情報を徹底深掘りします!
目次
北村匠海の家系図!
こちらが北村匠海さんの家系図になります。
大企業の創業者だけでなく、サッカー・三浦知良選手やプロ野球・福留孝介さんなど、有名アスリートの名前も北村匠海さんの家系図に含まれていました。
北村匠海さん1人でも豪華すぎるのに、遠い親戚をたどっていくと、超大物ばかりが出てくるのは本当に凄いですよね。
北村匠海の家族構成について
北村匠海さんの家族構成は4人で、両親と弟が1人います。
- 父親
- 母親
- 本人:北村匠海
- 弟 :北村太樹
父親と母親は一般人なので名前は非公表でした。
でも、弟・北村太樹さんは美容師兼タレントとして活躍していることが分かったので、家族構成に関する情報を掘り下げていきましょう!
父親について
- 名前や年齢、職業、顔画像は非公表
- 鹿児島県出身で現在は千葉県在住
- ゴルフが趣味で、親子で釣りを楽しんだことも
- カレー好きな息子にレシピ本をプレゼントするなど、料理にもこだわり
- スーツが好きになったのは父親と一緒に「ゴッドファーザー」を観たから
北村匠海さんが「A-Studio」に出演した際、父親の横顔が公開されましたが、詳しいプロフィールは明かされませんでした。
でも、週に1日のペースで料理を振る舞うなど、父親は北村匠海さん以上の多趣味のようで、親子そろって映画鑑賞したり、釣りを楽しんでいたとのこと。
北村匠海さんが芸能界入りしてからも良好な関係を続けているのは間違いないでしょうね。
母親について
- 名前や年齢、職業、顔画像は不明
- 秋田県大仙市出身
- 共働き世帯だと北村匠海自身が明かしていた
- 人一倍こだわりの強い人物
- いつもオシャレにしている
鹿児島県生まれだった父親とは異なり、東北地方の秋田県大仙市出身ということが判明した北村匠海さんの母親。
共働き世帯だということが分かっているので、母親も一般企業で働いているのは間違いない一方、いつもオシャレな服装をしていることが判明しており、相当な美人の可能性があります。
本人:北村匠海のプロフィール
- 1997年11月3日生まれ
- 出身地は東京都練馬区
- 人見知りな性格を心配した母親の勧めで芸能界入り
- NHK「みんなのうた」で披露した楽曲「リスに恋した少年」で歌手デビュー
- 2011年から「DISH//」メンバーとして活動スタート
- 映画「君の膵臓をたべたい」で日本アカデミー賞新人俳優賞受賞
- 2025年4月スタートのNHK朝ドラ「あんぱん」出演決定
数多くの仕事をこなしている売れっ子俳優の北村匠海さんですが、小さい頃は極度の人見知りだったそうで、将来を案じた母親の推薦で芸能界入りを決めたとのこと。
2025年4月放送開始のNHK朝ドラ「あんぱん」では、ヒロイン役を務める今田美桜さんの旦那で、「アンパンマン」の原作者・やなせたかしさんがモデルとなったキャラクターを演じることが決定しています。
弟:北村太樹
- 2000年生まれ
- 国士舘高校野球部出身で、美容師になるため専門学校へ進学
- 美容師として活躍する一方、タレント業にも進出
- 勤務している美容院は「JE SUIS HEUREUSE(ジェスィーウール)
現役の美容師として活動しながら、タレント業・歌手業にも力を入れている北村太樹さんが北村匠海さんの3歳年下の弟です。
ABEMA「ヒロミ・指原の“恋のお世話始めました”」に出演するようになってから北村匠海さんの弟として認知されるようになった北村太樹さん。
北村匠海さんのルーツを探る番組への出演オファーが舞い込んだことがきっかけとなり、芸能界にも強い興味を示し、美容師とタレントの二刀流にチャレンジしています。
弟・北村太樹さんは兄・北村匠海さんに負けず劣らずのイケメンで、ブレイクしそうな雰囲気全開ですから、バラエティ番組などで兄弟共演が実現する日もそう遠くないのでは?と予想しています。
北村匠海と関係のある親族がヤバい!
北村匠海さんの家系図をしっかりチェックしていくと、大企業の関係者だけでなく、日本代表に選ばれたアスリートなど、親族が豪華すぎることが判明しました。
ありとあらゆる分野で活躍する北村匠海さんの親戚の顔ぶれをご紹介します!
6親等:デュアスロン・深浦祐哉
- 1979年6月18日生まれ
- 秋田県出身のデュアスロン選手
- 県立秋田高校から早稲田大学へ進学
- デュアスロンGPシリーズ11年連続優勝の快挙達成
- アスリートクラブ「Go Up!」の代表で、杉沢歯科医院に所属
北村匠海さんの母親と同じ秋田県生まれで、ランニングとバイクを交互に行うスポーツ競技「デュアスロン」で長年活躍している深浦祐哉さんも親戚の1人として家系図に含まれていました。
100キロウルトラマラソンの世界選手権で優勝した実績もある深浦祐哉さんは、「Go UP!」というアスリートクラブを立ち上げ、後進の育成に力を注いでいます。
7親等:福留孝介
- 1977年4月26日生まれ
- 出身地は鹿児島県曽於郡大崎町
- PL学園卒業後に近鉄からドラフト1位指名を受けたが入団拒否
- 日本生命時代にアトランタ五輪を経験した後、逆指名で中日へと入団
- 中日が日本一に輝いた2007年オフにMLBへ移籍
- WBCで2度の日本代表に選ばれ、世界一に貢献(2006年、2009年)
- 2013年から日本へと復帰し、阪神の主力打者として活躍
- 古巣中日へとカムバックした後、2022年に現役引退し、解説者に転向
北村匠海さんの父親と同じ鹿児島県生まれで、日米で目覚ましい活躍を見せた元プロ野球選手・福留孝介さんが7親等の親族にあたります。
「はじめまして!一番遠い親戚さん」に北村匠海さんがゲスト出演した際、福留孝介さんと「はとこ」の間柄だったことが分かり、ネット上がざわつきましたよね。
近い将来、7親等の間柄だと判明した北村匠海さんと福留孝介さんの豪華な対談が実現するかもしれないので、今後の動きも要チェックです。
15親等:小玉健吉(日本の酵母菌研究の第一人者)
- 1920年1月5日生まれ
- 出身地は秋田県南秋田郡飯田川町
- 大阪帝国大学卒業で戦中は発酵燃料の研究を担当
- 小玉醸造株式会社にて酵母菌研究に没頭
- 2005年に年齢85歳で逝去
小玉健吉さんは白神山地(世界遺産)でパンに最適な酵母を4つも発見した酵母菌研究の第一人者です。
1970年あたりには小玉醸造の清酒「太平山」のテレビCMイメージキャラクターに抜てきされるなど、酵母菌研究以外の分野でも活躍していました。
17親等:小玉真一郎(小玉醸造株式会社 5代目当主)
- 小玉醸造株式会社の社長で、5代目当主を務める
- 県立秋田高校から東京工業大学に進学
- 秋田県酒蔵組合会長を兼任
- 人手不足や海外へのPRなど醸造業界が抱える課題解決に挑む
物腰柔らかそうな見た目をしている小玉真一郎さんは小玉醸造株式会社の5代目当主として現在も活躍していますよね。
小玉醸造株式会社の業績向上はもちろん、人手不足の解消を図るために講演活動を継続させるなど、小玉真一郎さんは日本の醸造業界の更なる発展に尽力しています。
20親等:柴田文次(キーコーヒー株式会社創業者)
- 1901年3月14日生まれで東京都出身
- 19歳の若さでコーヒー商「木村商店(キーコーヒーの前身)」を立ち上げる
- コーヒー豆の取引に関する不平等なルールを撤廃するための活動に尽力
- 1969年に藍綬褒章を受章
- 心筋梗塞のため年齢73歳で他界
8人兄弟の次男として育ち、神奈川県でキーコーヒーの前身となる「木村商店」を立ち上げるなど、10代の頃から実業家として活躍した柴田文次さんも北村匠海さんの遠い親戚にあたります。
キーコーヒーといえば、コーヒー前の製造・販売のトップランナーという印象が強くなっていますが、柴田文次さんが存命だった頃は理不尽な規制に悩まされることが多く、業界発展のために力を注ぎました。
22親等:柴田裕(キーコーヒー代表取締役社長)
- 1964年1月12日生まれ
- 神奈川県横浜市生まれで、大卒でキーコーヒーへと入社
- 総合企画室経営企画課長時代に東証プライム上場を実現させる
- 2002年からキーコーヒーの代表取締役社長を務める
- 社会人になってから慶應義塾大学大学院に通い、MBAを取得
柴田文次さんが作り上げたキーコーヒー株式会社を超一流企業へと押し上げたのが現社長の柴田裕さんです。
キーコーヒーをどんどん成長させたことだけでなく、ラテン好きが影響してスペイン語をマスターするなど、海外文化への理解も深く、多様性を持ち合わせた経営者として大きな注目を集めていますよね。
24親等:三浦りさ子
- 1968年1月13似生まれ
- 1980年代のバブル期にモデルやタレントとして活躍
- 1993年にプロサッカー選手の三浦知良と結婚
- 従兄弟はキーコーヒー社長の柴田裕
- 叔父はBEAMS社長の設楽洋
- BEAMS創立者の設楽悦三も親戚
1993年にサッカー日本代表・三浦知良さんとの豪華すぎる結婚式を挙げた三浦りさ子さんは北村匠海さんの24親等の間柄です。
朝ドラ「ブギウギ」に出演していた長男・三浦獠太さんも北村匠海さんの親戚にあたりますから、ドラマで親族同士の共演が実現するかもしれませんよね。
24親等:三浦知良
- 1967年2月26日生まれ
- Jリーグ創成期に大活躍し、ブラジルの名門クラブに在籍したことも
- 初出場した1998年フランスW杯は大会直前に代表から外される
- 史上最高齢となる54歳でJ1リーグの公式戦出場を果たす
- 2024年6月からJFLのアトレチコ鈴鹿クラブに在籍
”キングカズ”の愛称でお馴染みの生けるレジェンド・三浦知良選手は三浦りさ子さんの夫ですので、北村匠海さんの親戚の1人ということになりますね。
57歳の年齢を迎えた今も現役のプロサッカー選手として活動していて、背番号11に強いこだわりを持つ三浦知良選手。
どれだけ年を取っても、ガムシャラにボールを追い続ける姿は本当に凄いですし、還暦の現役サッカー選手誕生も夢ではないと思います。
26親等:設楽悦三(BEAMS創立者)
- 1953年にBEAMSの前身となる段ボール製造業「新光株式会社」を立ち上げる
- 1970年代のオイルショックの影響で新光株式会社が経営難に陥る
- 息子の設楽洋に若者向けのファッション店のオープンを提案
- 1976年、東京原宿にBEAMS1号店を開店
- 1983年に病気を患い、設楽洋に経営権を委譲
三浦りさ子さんに叔父にあたる人物で、BEAMSの創立者として知られている設楽悦三さんも北村匠海さんの親戚だと判明しました。
元々、BEAMSは段ボール製造業をしていたのですが、オイルショックによる経営難がきっかけとなり、息子・設楽洋さんの力を借りる形で現在のセレクトショップ形式へと業態転換。
会社を存続させるためなら大胆な方針転換もOK!という柔軟な価値観を持ち合わせていた設楽悦三さんだったからこそ、BEAMSが大きく成長できたのでしょうね。
27親等:設楽洋(BEAMS社長)
- 1951年生まれ
- 慶應義塾大学経済学部出身で、広告代理店の電通へと入社
- 敏腕イベントプロデューサーとして電通の発展に貢献
- 父の設楽悦三が体調を崩したことがきっかけとなり、電通を退社してBEAMSに転職
- 1987年から代表取締役社長を務め、国内外に160店舗を出店させた
70歳を超えた現在もBEAMSの代表取締役社長を務めている設楽洋さん。
父・設楽悦三さんが作り上げたBEAMSを盛り上げるために電通を退社する、という思い切った判断をした設楽洋さんですから、偉大な父譲りの決断力を持ち合わせているのは間違いないですよね。